2024年3月30日付の『産経新聞』の報道によると、4月3日に発売予定のアビゲイル・シュライアーさんの著作『トランスジェンダーになりたい少女たち』をめぐり、何者かが版元の産経新聞出版および複数の大型書店に対して、放火の脅迫をもって発売中止を求め、産経新聞社は被害届を出したとのことです。多数の人命に危害を加えることも厭わないこのような行為は、きわめて危険かつ卑劣なものであり、絶対に許されないものです。私たちNo!セルフID 女性の人権と安全を求める会は、この暴挙に対して厳しく抗議します。
1.この脅迫は、思想信条の自由、言論出版の自由への攻撃です
アビゲイル・シュライアーさんの著作『トランスジェンダーになりたい少女たち』は、トランス少女の当事者やその親、教師、専門家など多くの人々に対する取材を通じて、安直に少女のトランスが行なわれている実態を明らかにしています。その著作の中では、トランス当事者の少女に対する深い共感と理解も示されており、いかなる意味でもトランス差別的なものではありません。ただ、実際には性同一性障害ではない少女たちも、SNSや周囲の示唆などさまざまな影響を受けて安易に自分をトランスだと思い込み、不可逆的な医療措置に進んでいる実態が明らかにされているだけです。このようなルポルタージュは、トランス当事者に対する理解を深めるうえでも必要なものであるはずです。にもかかわらず、中身を読むことも理解することもなく、一方的に同書を「トランス差別」と決めつけ、その翻訳出版を放火の脅迫によって押しとどめようとすることは、思想信条の自由への攻撃であり、人々の思想と社会の言論を萎縮させるものです。
この本が扱うテーマは、世間の関心が非常に高く、社会的にも大きな話題になっているものです。このことについて情報を得て自分なりの考えを持とうとする人々を、今回の脅迫は暴力的に阻止しようとするものです。知識の媒介者である出版社や書店を脅迫の対象とすることで、一般市民を知識から遮断しようとしています。そのようなことは、断じて許されるべきではありません。
2.この脅迫は、近代の民主主義社会の根幹を脅かすものです
著作の内容がどのようなものであれ、それに対する異論がいかなるものであれ、出版社と書店に対して放火の脅しでもってその出版・販売を阻止しようとすることは、近代社会、民主主義社会の根幹を否定し、その存続を脅かすものです。自分の気に入らない著作の出版を阻止するためにこのような行為をすることが許されるならば、社会としてまともに存続できなくなり、より強力な暴力を行使しうるものだけがあらゆる自由を享受する社会になってしまうでしょう。このテーマに対する立場が何であれ、この社会に住むすべての良識ある人々が断固たる抗議の意思を示すべき大問題です。
3.この脅迫は、卑劣な威力業務妨害です
産経新聞出版が述べているように、これは威力業務妨害です。書籍が最も注目され、売り場で目立つ場に置かれるチャンスのある発売開始時において、都市の大型書店を狙ったことは、この本の販売総数に影響し、版元にとっての大きな損害となります。そうなれば、これと同じテーマ、あるいはそれに類似したテーマを論じるあらゆる著作の出版にも大きな悪影響を及ぼすことになり、問題はこの本一冊に留まるものではありません。今後、多くの出版社や書店が、アビゲイル・シュライアーさんの今回の著作と共通する問題関心を持つ著作の出版を躊躇することになるでしょう。
私たちは、事件の早期解決と犯人への厳罰を、強く望みます。それ自身大企業である大型書店が、今回の放火の脅迫によって、いっせいにシュライアーさんの翻訳著作の販売を停止している状況は異様であり、すでに日本における表現・出版の自由は危機に瀕していると言えます。日本社会の今後について暗澹たる思いを抱かざるをえません。警察が速やかに犯人を逮捕し、司法による厳格な裁きが下ることを切に願います。
脅迫を受けた大型書店のみなさまに対しては、心からのお見舞いを申し上げるとともに、私たちから以下の要望をお伝えしたいと思います。1.この書籍の販売停止理由が放火の脅迫であることを明らかにすること、2.このような卑劣な行為を断じて許さないという態度を表明すること、3.従業員およびお客の安全のために一時的な販売停止が避けられないとしても、事件が解決された暁には、本書の販売をただちに再開すること、以上です。そして、言うまでもないことですが、犯人逮捕に向けた警察への協力と、各店舗での警備の強化をお願いしたいと思います。
最後に、このような事件にもかかわらず、果敢に出版の意志を貫かれる産経新聞出版様に、心からの敬意と感謝を申し上げます。
2024年4月1日
No!セルフID 女性の人権と安全を求める会
代表 石上卯乃