2023年6月9日の朝、国民の世論を二分しているいわゆるLGBT理解増進法案をめぐって、与党である自由民主党および公明党と、独自の野党案(以下、2野党案)を出していた日本維新の会および国民民主党とのあいだで、与党案を基本的に2野党案に沿った形で修正することが合意され(以下、4党修正案)、この修正案が本日の衆議院内閣委員会で可決され、13日の衆院本会議に送付されることになりました。そこでも可決が見込まれています。またその過程で、立憲民主党が提案していた15項目もの付帯決議案は退けられました。
報道等によると、4党修正案における主な修正点は以下の6つです。1.与党案における「性同一性」が「ジェンダーアイデンティティ」に変えられたこと(法案名もそれに応じて修正)、2.第1条の「目的」のところに「性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解が必ずしも十分ではない現状に鑑み」との認識が入れられたこと、3.第6条2の、教育の場における啓発に関して、「家庭および地域住民その他の関係者の協力を得つつ行う」という文言が加えられたこと、4.第10条の、啓発の取り組みの事例として挙げられているもののうち、「民間の団体等の自発的な活動の促進」が削除されたこと、5.最後に第12条「留意事項」がつけ加えられ、「この法律に定める措置の実施等にあたっては……全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」との文言が入れられたこと、6.同じ第12条に、「政府は、その運用に必要な指針を策定するものとする」との文言が盛り込まれたこと、です。
以上の修正は基本的に、市井の女性たちを含む多くの国民にとって前向きに受け止めることのできるものであり、とくにその一部(3と5)は私たちが繰り返し要請したことと共通しています。しかしながら、4党修正案の最大の問題は、「性同一性」という定着した法律用語が削除され、その代わりに、「ジェンダーアイデンティティ」というまったく定着していない外来語が用いられていることです。私たちは以下の理由から、このような外来語を用いるべきではないと考えます。
1.日本語として定着していない外来語は日本の法律にふさわしくない
そもそも、日本で施行されている膨大な数の法律やそれに準じる法令の類においては、日本語として定着していない外来語を入れないことがこれまでの慣行でした。日本語に適切に訳すことのできないものが法律に入れば、国民にとって理解できないものになるだけでなく、そもそもそれを適切に施行することができないからです。男女共同参画法が制定されたときも、「ジェンダー」という外来語は意識的に避けられたと聞いています。私たちはこの慣行は堅持されるべきであると考えます。そして、この外来語を表現する適切な日本語はすでに「性同一性」として存在していますし、次の「2」で見るように、すでに既存の法律の中で用いられています。なぜわざわざ、日本語としてまったく定着していない、そしてほとんどの国民に理解のできない用語を用いる必要があるでしょうか。
2.性同一性障害特例法との関連性がいっそう曖昧になる
「性同一性」という表現が適切なのは、国民にとって理解しやすく、すでに存在している性同一性障害特例法との関連性が用語を通じて示唆されているからです。私たちはこの関連性をもっと明確にするようこれまで何度も求めてきましたが、今回、そのような前向きな修正がなされるのではなく、「ジェンダーアイデンティティ」という用語が採用されたことに、驚きを禁じえません。これによって、性同一性障害特例法との関連性がいっそう曖昧になり、医師の診断さえなく、自分は女性だと主観的に認識しているだけの人を女性だと認めなければならないのか、という女性たちの不安がいっそう増すことになるのは明らかです。
3.日本の法体系の統一性と継続性が破壊される
通常、新しくできる法律というものは、すでにある法律との間で整合的な関係を持っている必要があります。新しい法律の中で何かを指す場合、既存の法律の中で使われている言葉を用いるのが当然です。そうでなければ、法体系の統一性が保てません。性同一性障害特例法は2003年に成立し、すでに20年間も存続し、国民の中で十分に定着している法律です。その中で使われている「性同一性」という言葉を新しい法律でも用いるのが当然であり、あえて「ジェンダーアイデンティティ」のような言葉を用いるのは、この法体系の統一性、継続性、一貫性を破壊することになります。
4.使いにくい言葉は定着せず、結局、「性自認」という言葉が横行するようになる
4党修正案がたとえ可決成立したとしても、同案にある「ジェンダーアイデンティティ」という言葉は長くて使いづらく、説明しにくく理解もしがたいので、結局、公的な場面でも十分に定着しないままに推移する可能性は十分にあります。その場合、しだいに、より短く使いやすい「性自認」という不正確な言葉が、さまざまな行政文書や議会での討論、種々の啓発文書、とりわけ地方自治体での条例案などで用いられることになりかねません。そうなると、「性自認」という不正確できわめて主観性の強い言葉を回避するためになされた自民党内部での多くの討論や努力、そしてその方向で働きかけた多くの市民の努力はすべて無駄になってしまいます。
以上、4点にわたって、「ジェンダーアイデンティティ」という言葉を使ってはならない理由を説明させていただきました。どうか「ジェンダーアイデンティティ」という言葉を「性同一性」という言葉に再修正してください。それができないのなら、この法案を廃案にし、改めて国民的な議論にゆだねてください。
2023年6月10日
No!セルフID 女性の人権と安全を求める会
代表 石上卯乃、桜田悠希