株式会社KADOKAWA取締役 代表執行役社長 夏野剛 様
2020年に出版されてアメリカだけで12万部以上を売り上げ、すでに10ヵ国以上で翻訳が出されているアビゲイル・シュライアーさんの著作『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』の日本語版(邦題は『あの子もトランスジェンダーになった――SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』)がKADOKAWAから2024年1月24日に出版されるとの告知が貴社より出されました。しかし、この告知がなされた直後から、一部の人々によって「トランス差別」本を出版するなというキャンペーンが展開され、12月6日にKADOKAWAの本社前で抗議集会を行うとの告知もなされました。このキャンペーンは、出版社の編集者らによる抗議声明や、KADOKAWAから著作などを出している著作家などからの抗議にも発展し、貴社は発売告知からわずか数日後の12月5日に、同書の出版を中止すると発表しました。同社の学芸ノンフィクション編集部名で出されたその声明は、「タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」と謝罪しています。
しかしながら、アビゲイル・シュライアーさんの著作はいかなる意味でもトランス差別本などではありません。それは、貴社も十分ご承知の通り、50家族、200人以上に取材したうえで、思春期の不安定な状況にある少女たちが、実際にはトランスジェンダーではないのに、SNSや友人、教師などを通じた一時的流行に巻き込まれて、異性ホルモン摂取やトップサージェリーと呼ばれる二重乳房切除術を受けるという「不可逆的なダメージ」をこうむっている実態を明らかにした、すぐれたノンフィクションです。シュライアーさんはその序文の中で、性同一性障害者として苦労してきた人々に対する最大限の配慮を示しており、実際にトランスジェンダーないしトランスセクシュアルである人々に対する何の否定的見解も示しておりません。
「トランス差別本」だとして抗議をした人々の大多数は、実際には本の中身を読んでおらず、原著に対する欧米活動家の既存の否定的評価や、煽り気味の邦題タイトルや宣伝文だけで差別本だと判断したにすぎません。このようなまったく事実に反する一方的な判断でもって、世界的に高い評価を受けているベストセラー本の翻訳の出版が中止されるということは前代未聞のスキャンダルであると言わざるをえません。これは日本における出版の自由、言論の自由、表現の自由を著しく棄損するものであり、日本の出版史における重大な汚点をなすものであると私たちは考えます。
出版社は単なる営利企業ではなく、日本における表現の自由と文化の向上を担い、意見の多様性を保障するという重大な社会的使命を帯びているのは、貴社もご存じのとおりです。もちろん、少数民族・人種や女性やその他のマイノリティに対してあからさまに暴力や攻撃を煽動するものが、表現の自由の名のもとに出版されることはあってはなりませんが、アビゲイル・シュライアーさんの著作はそうしたものではまったくなく、実際に原著は世界的なベストセラーとなり、多くの国で普通に翻訳されて出版され、好評を博しているのです。たしかに、欧米においても、原著に対して一部の活動家たちからの批判や攻撃はありましたが、それでも発売は中止になっておりません。そうした批判や異論が存在することは、出版を中止していい理由にならないのは明らかです。批判や異論があるという理由で出版を中止してよいのなら、日本で出版されているほとんどの著作が出版を中止してよいことになってしまい、表現の自由、出版の自由は有名無実のものになってしまうでしょう。むしろ、多くの高い評価とともに多くの批判や異論がある著作こそ、人々の活発な議論を喚起し、意見の多様性を促進するものであり、したがって、より出版に値するものであるはずです。
私たちは、この出版中止措置に断固抗議するとともに、邦題を原著の題名に近づけるものにしたうえで、改めて出版するよう貴社に強く求めるものです。どうか、表現の自由の一端を担う出版社としての最低限の矜持と使命を思い出してください。
2023年12月8日
No!セルフID 女性の人権と安全を求める会
代表 石上卯乃