経済産業省におけるトランスジェンダーのトイレ使用問題をめぐる7.11の最高裁判決に抗議します

最高裁判所判事 今崎幸彦様、宇賀克也様、林道晴様、長嶺安政様、渡邉惠理子様

 7月11日、最高裁判所にて、「第285号 行政措置要求判定取消、国家賠償請求事件」において職員側(未手術の女性自認の男性)の勝訴の判決が言い渡されました。私たちはまずもってこのことに強い抗議と怒りを表明します。

 私たちの会は、この判決に先立つ6月30日に、今回の責任判事である今崎幸彦氏に宛てて要請書「経産省トイレ訴訟の高裁判決を支持します。最高裁は国側の主張の正当性を認め、女性の人権を守ってください」を送付しました。内容の趣旨は以下の通りです。

1.女性の人権の抑圧をしてはならない……考慮されるべきは原告の人権だけではない。その場を共有する女性たちが、性的羞恥心、性的不安をもって日々を送ることを余儀なくされるのであれば、それは人権の抑圧である。

2.性自認によるトイレ等の使用は、社会的コンセンサスを得ていない……現時点ですでに性自認に沿ったトイレ等の使用に社会的コンセンサスが得られているかのような報道があるが、一般社会は、トイレが生物学的ないし戸籍上の性別で峻別されることを求めている。

3.国側が違法とされたら、先行判例として多大な影響を及ぼす……本件は単に一個人の権利の問題ではなく、何をもって人間の性別とするかという重大な司法判断となり、社会に多大な影響を与えるものとなるので、国民全体への配慮にもとづいた判断をお願いしたい。

 以上の点を踏まえて、私たちは、原告と同僚女性のお互いの法益を尊重し、トイレ等の使用に関する社会的な意識も考慮するものであった二審高裁判決を維持することが最も適切であると主張しました。

 しかし、本年7月11日の最高裁判決において、未手術の女性自認の男性職員が勝訴し、経済産業省での職場における原告の女性トイレ使用に関しては、その制限を裁量権の逸脱として違法とし、職場と同じ階の女性トイレも使用できるとの判断がなされました。

 こうした判断の理由として、原告が性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けていること、これまで(4年10ヶ月)2階以上離れた階の女子トイレを使っていたがトラブルがなかったこと、上告人が職場と同じ階の女性トイレを使用することについて等の説明会を開いたが、明確な異を唱えた女性職員はいなかったこと、この説明会から今回の判定に至るまでの約4年10か月の間に、原告(上告人)による経産省内の女性トイレの使用について何らかの特別の配慮をすべき他の職員がいるかどうかについての調査が改めて行なわれていないこと、などが挙げられています。

 しかし、トラブルを避けるために2階以上離れた女性トイレを使うように指示したのですから、トラブルがないのは当然です。また、たとえ実際にトラブルがあったとしても、裁判まで行なっている相手に何を言えるでしょうか? 説明会で明確な異を唱えた女性職員がいなかったとのことですが、匿名性も担保されていない状況下で、同僚に対して異を唱えることがそれほど容易なことでしょうか? また新たに入ってくる女性職員はそもそも意思を確認されていないのですから、今いる女性職員だけの意見で決定できない事柄ではないでしょうか。

 また、判決の補足意見として次のようなことが述べられています。同僚の女性職員が上告人と同じ女性トイレを使用することに対して抱くかもしれない違和感・羞恥心等は、「トランスジェンダーに対する理解の増進が必ずしも十分でないことによるところが少なくないと思われるので、研修により、相当程度払拭できると考えられる」。

 女性職員が違和感や羞恥心を感じるのは「理解の増進が必ずしも十分ではない」からであると決めつけ、研修によって払拭できるという議論は、今年の6月に成立したLGBT理解増進法に沿っているようでありながら、同法第12条の「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう留意する」という趣旨に反しているのではないでしょうか。女性として当然抱く違和感や羞恥心でさえ、理解不足のせいにされ、一方的な研修で克服させようとするのは、女性の尊厳と人権を踏みにじるものです。

 男性にとっては、トイレは単に用を足すところだという認識しかないかもしれません。しかし女性にとっては、生理時に生理用品を交換する場所でもあり、また怪しげな男性から避難する臨時のシェルターでもあります。そのような場に男性がいないという安心感がどうしても必要です。イギリスで男女共同トイレが学校で導入された時、女子生徒たちが男子生徒と同じ場所で排泄したり生理用品を交換することに強い羞恥心や戸惑いを感じ、学校に行けなくなる生徒も出たとの報道もありました。

 かつては、ほとんどの職場や公共の場において女性専用トイレが存在せず、先人の女性たちが苦労して女性トイレを確保してきたおかげで、私たちは現在、女性専用トイレを使用できます。女性だけの場所であることは女性の人権、安全、社会活動のためにどうしても必要なのです。

 判決本文においても、補足意見においても、女性の人権と安全は明らかに過少評価されています。女性が抱く羞恥心は感覚的・抽象的であると何度も決めつけられて否定されているのに対して、トランスジェンダーの人(MtF)が意に反して男性トイレを使うことに対しては、その「精神的苦痛を想像すれば明らかであろう」と無条件に受け入れられています。男性が女性トイレを使うことに対して多くの女性たちが抱く精神的苦痛は無視され、男性が男性トイレを使うことに対する精神的苦痛は重視されているのです。これが女性差別でなくて何でしょうか?

 また、補足意見の中で、「トランスジェンダーである上告人と本件庁舎内のトイレを利用する女性職員ら(シスジェンダー)の利益が相反する場合には両者間の利益衡量・利害調整が必要となることを否定するものではない」と語られています。職場の女性職員がみな「シスジェンダー」(自己の生物学的性別とそのジェンダー・アイデンティティとが一致している人を指す特殊用語)だとどうしてわかったのでしょうか? 正式の判決文に付された補足意見において、特殊なイデオロギー用語である「シスジェンダー」という言葉が使われたことは大変危ういことだと私たちは考えます。

 さらに、補足意見の中で、次のように言われていることも大きな問題です。「現行の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の下では、上告人が戸籍上の性別を変更するためには、性別適合手術を行う必要がある。これに関する規定の合憲性について議論があることは周知のとおりであるが、その点は措くとして、性別適合手術は、身体への侵襲が避けられず、生命及び健康への危険を伴うものであり、経済的負担も大きく、また、体質等により受けることができない者もいる」。この部分は、今年9月に予定されている性同一性障害特例法における手術要件の合憲性をめぐる裁判の行方について、非常に不吉な予想を起こさせるものです。もし特例法の手術要件が撤廃されれば、ペニスを備えたままの法的女性が大量に発生することになり、日本に住むすべての女性の人権と安全が深刻に脅かされることになるでしょう。

 それと同時に、補足意見の中では、「なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである」と釘が刺されており、今回の判決が不特定多数の人々が用いる公共のトイレの利用の在り方を決めるものではないことにも留意する必要があります。

 しかし、たとえ特定の職場の特定のトイレを特定の人が利用することを是認したものにすぎなくても、この判決が及ぼす社会的影響や効果は甚大なものとなります。同様の問題を抱えた他の職場においても、同僚の女性たちの羞恥心や精神的苦痛はないがしろにされて、女性を自認する男性の女性トイレ使用が積極的に是認される事態が生じることになるでしょう。

 女性たちは、女性というだけですでに大きな不利益を日々被っています。日本の男女平等度は世界125位であり、毎年この順位は下がり続けています。女子差別撤廃条約が批准されても(1985年)、さまざまな女性差別は残り続け、女性であるというだけで子供のころから性被害に遭い、女性の賃金水準は非正規も入れて計算すれば今なお男性の半分程度であり、そして家事・育児労働の大部分はいまだに女性が無償で担わされています。政治家も裁判官もほとんどが男性であり、女性が日々どのような困難と恐怖の中で生きているかに対する理解をほとんど持っていません。その典型例が今回の判決です。これによって、女性の生きづらさ、女性の不利益、女性の恐怖と絶望はいっそう増進することでしょう。

 今回の判決を全員一致で下した裁判官のみなさま、私たちはあなた方に厳重なる抗議をします。もし一人でも被害者が出たら、あなた方の責任であるということを、しかと心に刻んでください。

2023年7月27日

No!セルフID 女性の人権と安全を求める会

共同代表 石上卯乃、桜田悠希

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