意見書:東京大学から女性専用トイレをなくさないでください

東京大学総長 藤井 輝夫 様

東京大学教養学部長 森山 工 様

 貴学の運営にあたられる日ごろのご努力に敬意を表します。私たちは「No!セルフID 女性の人権と安全を求める会」という市民団体です。

 本年8月18日の「東京大学フェミニズム研究会」のツイッター上での発信により、貴学では、教養学部が新築する講義棟に「ジェンダー化されていない『だれでもトイレ』」の設置を確約したことが明らかになりました。私たちは、この「だれでもトイレの」設置それ自体に異議をさしはさむものではありません。しかしながら、貴学がもし、この研究会がウェブサイト上の「追記」で提起している提案に応じて「ジェンダー化されたトイレ」、つまり男女別トイレを「オールジェンダートイレ」に置き換えることまでも企図するのであれば、そこには以下に示す重大な問題があることをお伝えします。

1.「ジェンダー化されたトイレ」という表現は、生物学的性別とそれにもとづく女性差別を軽視する表現です

 そもそも、「ジェンダー化されたトイレ」「ジェンダー化されていないトイレ」という用語法は、生物学的性別を軽視した表現です。性別で区切られているトイレなどの空間は、gender(社会的に構築された性別)ではなくsex(生物学的性別)にもとづいて分けられています。性自認、ふるまい、衣服、装飾、髪型は、この区別に代わるものではありません。日本国の法律においても、「性別」とは基本的に生物学的性別をさしています。

 社会のさまざまな領域において、女性が男性に対して従属的な地位に置かれているのは、男女の生物学的な違いにもとづいています。平均的に女性の体格は男性よりも小さく、筋力や骨格も弱くできており、また女性の身体構造上、月経と妊娠の可能性があります。男女格差の克服とは、本来は、「身体の性別上の特徴が違うからといって、女性が社会的な不利を被ったり、従属的な立場に置かれてはならない」という意味だったはずであり、そしてこの課題の克服はいまだまったく不十分です。性的マイノリティの権利保護は、このような女性差別の存在を十分踏まえたうえで目指されるべき課題です。身体が女性だからこそ被っている差別や不平等の問題を解決するという努力が、投げ捨てられてはならないのです。

2.女性専用トイレは女性の権利と尊厳の要です

 政治の場や公衆の場、男性の多い職場などに女性が進出していくときに、「女性専用のトイレ」があるかどうかというのは大きな問題でした。公衆の場や職場において女性が、男性からの性的侮辱を受けたり羞恥心を感じることなく尊厳をもってトイレを利用するには、女性専用トイレが不可欠でした。このことは、多くの女性たちが書き残しています。

 学業の場である大学も同じです。「3.」で述べる性犯罪の危険性を別にしても、無防備に排泄する場である個室からドア一枚隔てたところに異性がいるというのは、十分に恐怖と羞恥心を掻き立てるものです。いまだ男性が圧倒的多数を占める東京大学において、女性専用トイレがない、あるいは少ないことによって、女子学生が不安や羞恥心によって神経をすり減らことになれば、教育機関として女性の権利と尊厳を踏みにじるものと言わざるをえません。このことが遠因となって退学する女子学生があらわれるとしたら、たとえそれが少数であったとしても深刻な事態です。

 また、「トイレの男女共用を受け入れる学生のみ入学すればよい」というのであれば、それは、女子学生に一方的に我慢を強い、その尊厳と権利を奪う性差別的条件を課すものです。国立大学たるものがこのようなことを行なうことは断じて許されるものではありません。

3.女子学生が性犯罪の被害者になるおそれが高まります

 男女別に分けられているトイレがなくなるか、今より少なくなるならば、男性による覗き、盗撮、盗聴、使用済み生理用品の窃盗などのさまざまな性被害を受ける可能性を高めることになるでしょう。盗撮の恐れが増大することは特に懸念すべきことです。現在、きわめて高性能の盗撮用機器が公然と売買されています。男女別トイレの代わりに「だれでもトイレ」が設置されるようになれば、それらの機器をトイレ個室内に設置することがより容易になります。

「本学学生に限ってそのような犯罪行為をしない」と言うのであれば、そのような根拠なき発言がもたらすリスクを負わされるのは女子学生です。他の犯罪と同様、性犯罪も、それが起きにくい環境を整えることでその多くを防止することができます。その当然の努力を大学の運営者が怠るならば、女子学生たちはそれによって、男子学生よりも大きな負担、不安、リスクを押しつけられることになります。

 性犯罪被害によって身の安全と尊厳が奪われたら、その女子学生にとって、大学は二度と以前とは同じ場所になりません。そのようなことを可能にする環境をわざわざ整えた、つまりは女性の安全を危険にさらしてよいと考えた大学そのものへの信頼が失われるのです。女子学生を守るという強い意志がない大学に、はたして女子学生の安全を委ねてよいものでしょうか。

4.他大学の例は参考になりません

 国際基督教大学でも一部のトイレが男女共用になっている、という記事が、東京大学フェミニズム研究会でも参考例として紹介されています。まずもって、国際基督教大学にあっても少なからぬ学生が不安を感じています(紹介されている記事ではアンケート回答者の15%)。とはいえ、国際基督教大学は男子学生約1000人に対して女子学生が約2000人です。性加害者の不審な行動に気づく女性のアンテナは、ずっと多いということです。翻って、東京大学は、女子学生は2割程度しかいません。女性がマイノリティである貴学において、条件が全く違うということは念頭に置くべきです。

 女性が使うことをためらうトイレは、安全の面でも衛生の面でも、ほどなく女性が使えないトイレになります。そのようなトイレばかりになれば、女性は自宅から出られなくなります。女性が使えるトイレがなければ女児や女性が学業や仕事の場にいられなくなる社会問題は諸外国でも共通しており、urinary leashという言葉で説明がなされています。イギリスは、少し前まで男女共用トイレを国の方針として進めていました。しかし、学校では子どもたちがトイレを階で男女別に分けるなどして用いるようになったことも報告されています。女子学生がトイレに行けなくなったせいで不登校になったり、健康被害のおそれが増大したという報道も出ています。現在イギリスでは、新設の公共の建物に男女別トイレを義務付ける計画などが出ており、生物学的性別でトイレを分ける方向にむかっています。

 貴学がダイバーシティ&インクルージョンを唱えるのであれば、このような世界の動向にも注目し、女性の人権と安全を常に考慮していくべきです。女性専用トイレは、まさに女性の人権と安全に関わる重大な施設です。必要なことは、現在でも少ない女性トイレを減らしたり、ましてやなくすことではなく、それを大幅に増やすことです。その上で、「オールジェンダートイレ」を別途設置することで、すべての学生たちの人権と安全が守られることでしょう。

 貴学は日本をリードする研究教育機関であり、日本社会全体に大きな影響力を持つ大学です。また、貴学が国から受け取る運営費交付金は年間約800億円であり、その元は国民の税金です。したがって、貴大学の学内方針に関わることではありますが、女性の権利と安全を重視する立場から、また納税者としても、以上、意見を述べさせていただきました。なにとぞ慎重に検討くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。

2022年8月27日

No!セルフID 女性の人権と安全を求める会

共同代表 石上卯乃、桜田悠希

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